浅間神社

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所在地

浅間

富士山の霊を祀った浅間神社の霊威に基づく信仰に、仏教や修験道の影響も加わり、江戸時代は浅間講・富士講が盛んとなり、次第に木花開耶姫命を祭神とするようになった。

木花開耶姫は、山を主宰する大山祇命の次女である。天孫瓊々杵尊が高千穂ノ峰に降臨し、美女木花開耶姫を見染めて妃として。大山祇命は、ことのほか富士を愛され、後になって姫に譲ったので、国内の浅間神社には皆女木花開耶姫を祀っている。火難除の神、安産守護の神として各地に奉斎されている。

根羽の浅間神社のご神体は、筒井庄作氏(明治十六年歿)が富士山の浅間神社への参詣の祈り、丸石を奉持して帰り家に祀った。その丸石が三つになったので、その一つをご神体として奉献したとのこと。

浅間神社の祭日は、七月十四日・十一月九日。黒地と向黒地の両区が一年交代でお祭りを行った。春は宵祭りで夜を明かし、次の日の昼頃終りにして帰る。昭和二十年頃までは店も出てにぎやかで、婦人会は五平餅を作って売った。バクチも行われたという。

母乳が出ない人は願をかけ、乳が出るとお礼詣りに乳首を奉納した。乳首の中には米が入っていて、乳の出ない人は、その乳首の米を頂いて煮て食べるのである。神社の拝殿には、沢山の乳首が見られた。

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